3月11日

福島で読んだ詩。

 

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それで、

雪が降ると。

山口の人は、はしゃぐ。

福井の人は、溜息をつく。

福島の人は、目を細めて。なにか、思い出すように。

 

 

 

3月10日。昼過ぎにホテルのロビーで新聞を読んだが。いっこうに頭に入らず参った。macbookを膝に載せたおとこや、子どもがおもちゃやさん行く、と言っているのすら、何の話をしているのか理解できない。ああ福島に自動車が走っているな、ゲームセンターがあるな、まさかないとでも思っていたのか?

新聞の、あたらしい連載記事を、一文字ずつ米粒を噛むように読み、それでも意味がわからず、かろうじて、汐見坂という坂を彼らが歩いてはのぼった、という部分にようやく引っかかりを得た。

わたしの郷里にある汐汲峠、もっとも小さい頃はしおくみざか、とよんでいたのだがそれは、思い出された。手水を持っては浜から上がる衣擦れの重さ。

 

 

 

 

しおくみざか

 

 

 

自転車で

峠からそろりと、ブレーキを

離しながら降りていたことを

うねるように山肌を切る道を

おもいかえしながら

見ていた

坂を登るひとを、幾人か

そぞろに花や、塩や、お手水や

それぞれの荷物を、それぞれにかかえて

歩く人を

 

 

いつだったか、トラックで下りながら

まだ若い祖父が言ったのには

ずうっとこの坂道をな、売りもん持って歩いたんや、

海から、街へ

街から、海へ

 

街、のこともしらない男の子たちは

大きなものを動かすことにばかりかんがえて。

トラックやら、電車やら。

雪の日なんかは特に

やたらに大玉をこしらえて。

坂の上から転がして。

これで家をつくるんだとかなんとか

大きなことを言って。

 

送電線を伸ばして。接続し、

海のない街にきて。接続し、

道の辺に波打ちのあとをさがして、みつからず、

桃の花をさがしたら、3月は空に溶けて、

溶けた、3月を新芽の色をした新幹線が、溶接する、

知りもしない思い出まで、

わたしたちを運んでいく、今日。

雲を引っ掻いて溶け残った雪。

わたしは歩くたびに、それも

汚してしまう。

 

たったひとつの街に、生きられなくなったばらばらのわたしたちの部分は、

あんまりにも集まれずに、

けれど庭にわの花、時どきの花、ところにより、雪、

あなたの自由はそれだけ、そう、ない。まったくない!

E.イェリネク『光のない。(プロローグ?)』)

 

たったひとつの街で、

 

たとえば――横浜に汐汲坂という坂があり、蕎麦屋があり、ネイルサロンがあり、中華を出す店があり、歩くほどに勾配はきつくなり、わっせ、わっせ、歩いて、山手通りを西へ、女子校があり、女子校の反対側には女子校があり、街には外国人が入ってきて、高台に乗って、海を見て、液状の記憶を埋め立てて、雲にのって、福島の風が、届くまで、もう少し、かかる、のだが、

 

こんなことがなければ山口(この街)に来るなんて思わなかったなあ

と、向かいに越してきたカレー屋の奥さんは言った。

そんなもんですかねえ

でも、いいところですね

そうですかねえ、夏暑いし、冬寒いし

それはこっちだって同じよ

(けれどあの時見返した海は今日と同じだったろうか)

 

たったひとつの街に、

 

わたしたちは別々の場所で、別々のからだを生きる

雪が溶けて、そのことを忘れて、忘れても

忘れがたない、雪と、花

(霙は溶けて、虹に、、?)

そんなもんですかねえ

(そんなこと、考へるの馬鹿)

 

終わってしまったと思っていた桃の花は、まだ始まってもいなかった。

時間をひとつ、またぐたびに

季節は遅れて、花の香も遅れて、

届く。そして遅れ気味に(電気よりはだいぶん遅れて)、

いのりも。まぬけた顔で、

届く。春に、

ようやくこの街は手をかけたところ

 

祖父は(つぎの春に死ぬのだが)、坂をのぼっていく。切り花を背負って。

 

わたしも今から、また新幹線に乗る。